京都を知ろう!祇園祭のポイント解説

世の中の学びや遊びの全ては自身のキャリア形成に繋がるという信念の元でお届けする、京都を知ろうの企画。

第一回目は「祇園祭」です。

残念ながら2020年における祇園祭のメインでもある山鉾巡行は中止になってしまいました。

しかし、京都最大のお祭りである祇園祭、第一回目に相応しいのではないかと思い、題材に選びました。

調べてみると歴史は深く内容は膨大で、びっくりです。

今回はできる限り情報を凝縮してポイントだけお伝えさせて頂きます。

まずは基本情報

さて、祇園祭なんですが、言わずと知れた京都を代表するお祭りです。

京都三大祭りの一つでもありますね。

ちなみに他は、葵祭と時代祭りです。

さらに、不覚にも知らなかったのですが、日本三大祭りの一つでもあります。

後の二つは、東京の神田祭と大阪の天神祭りです。

ネット上では、三大祭りは、ヤマザキ春のパンまつり、東映まんがまつり、花王のヘアケア祭りとも言われています(笑)

その歴史はとても古く、平安時代まで遡ります。

863年の事ですが、疫病の流行を鎮める為に御霊会が行われます。

御霊会とは、疫神や死者の怨霊などを鎮めるために行うお祭りの事です。

ですが、その後も地殻変動等で全国的な社会不安が深刻になってきました。

そういった悪疫を鎮める為にその時代の全国の国数である66本の矛を立て、その矛に諸国の悪霊を移し宿らせる事で諸国の穢れを祓い、神輿を3基送り、御霊会を執り行いました。

この御霊会が祇園祭の起源とされており、869年の事で翌年から毎年行われるようになったそうです。

2019年には1150周年が祝われたそうです。
凄い歴史ですね。

祇園祭のクライマックスといわれるのが山鉾巡行ですね。

重要無形民俗文化財に指定されています。

前祭(さきのまつり)と呼ばれる17日と後祭(あとのまつり)と呼ばれる24日の2回に分けて行われます。

この山鉾巡行では「動く美術館」とも称される33基の山鉾が京都の都大路を巡行します。

前祭で23基、後祭で10基が巡行します。
前祭の賑やかさに比べてると後祭は賑やかさに欠ける事から「あとのまつり」の語源になったと言われています。(※諸説あり)

ちなみに山鉾というのは総称で「鉾」が10基と「山」が23基です。

違いは、大きさが違うとか「鉾」は鉾飾りで「山」は木の飾りだと言われる事がありますが、どちらも例外がありますのでドヤ顔で説明する時は気を付けて下さいね。

御霊会を行っていたころからある、悪疫を鎮める為に誕生したものが「鉾」で祭りを豪華にする為に後々登場するのが「山」だと覚えるのが良さそうです。

ところで祇園祭って7月の1か月間のお祭りという事は意外と知られていないですよね?

私も昔は宵山と言われる3日間と山鉾巡行だけが祇園祭だと勘違いしていました。

そこで次はスケジュールをできるだけ凝縮してお伝えします。

祇園祭のスケジュール

7月1日~5日 吉符入

稚児(ちご)と二人の禿(かむろ)が山鉾巡行のときに舞う、舞を初披露し、祭りの無事を祈願します。

稚児というのは祭礼において着飾って練り歩く幼児の事で、禿は稚児の補佐役です。

山鉾巡行では先頭の長刀鉾(なぎなたほこ)に乗り、練り歩きます。

7月1日 長刀鉾町お千度

その年の稚児と禿が、八坂神社で祭りの安全を祈願します。

7月2日 くじ取り式

山鉾33基の内、順番が決まっている「くじ取らず」と呼ばれる9基をのぞく24基の順番をくじで決めます。

7月3日 新面改め

船鉾(ふねほこ)のご神体である神功皇后(じんぐうこうごう)が身に付けるお面を新面といい、厳重に保管された面を取り出して無事を確かめる儀式です。

神功皇后は妊娠中にも関わらず、遠征中に亡くなった夫に代わり、海軍を率いて勝利したという伝説から、航海の安全と安産にご利益を持つと言われています。

7月10日 神輿洗い

祭りの起源ともなった3基の神輿を祓い清めます。

3基の神輿はそれぞれ素戔嗚尊(スサノオノミコト)、櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)、八柱御子神(ヤハシラノミコガミノミコト)の3座で代表して素戔嗚尊を祀る神輿のみを四条大橋にて鴨川の水で清められます。

尚、10日頃から山鉾の組み立てが始まりおよそ3日がかりで建てられます。

7月12日 曳き初め

組み立てた山鉾を試しに動かす行事です。

「見る」が中心の祇園祭の中で一般の人達も参加できる行事となります。

7月13日 長刀鉾稚児社参

長刀鉾に乗る稚児が八坂神社を訪れます。

この日から稚児は地面を踏むことができなくなり「強力(ごうりき)」と呼ばれる男性が稚児を担いで馬に乗せて移動します。

お祓いをうけた稚児は巡行まで精進潔斎(しょうじんけっさい)の生活に入ります。

精進潔斎とは身を清めて欲望を捨て去る事です。

7月13日 久世駒形稚児社参

山鉾巡行後に行われる神幸祭と環幸祭のそれぞれで神輿の先導役を務める、久世稚児が八坂神社にお参りして祭り無事を祈ります。

7月14日~16日 前祭宵山

山鉾を巡行に向けて本飾りにし、日が暮れて提灯に明かりが灯り、祇園囃子が流れる中で山鉾を鑑賞する。

街には露店が出店されて夜の風情を楽しむ。

また、「屏風祭」とも言われる行事もあり、山鉾町の旧家では秘蔵の屏風などで飾り付けた座敷を開放する。

祇園祭は宵山を楽しむものと考えている人も多いと思います。
実際、一番の盛り上がりをみせるのも宵山だと思います。

7月17日 山鉾巡行

祭りのクライマックス。

祇園囃子にが響く中、山鉾が勇壮に進みます。

前祭りは午前9時に四条烏丸をスタートします。

悪疫を集める役目である山鉾は、巡行を終えて解体する事で悪疫を流し去ることができると言われています。

長刀鉾が先頭なのは、神の域と人の域の境に張られた結界を表すしめ縄を切る役目だからです。

四条麩屋町に巡行が差し掛かると先述の長刀鉾稚児が太刀でしめ縄を切って落とし、結界を解いて神の域に踏み込みます。

17日 神幸祭(しんこうさい)

午前中に山鉾巡行で夕刻から神幸祭となります。

山鉾巡行で悪疫を祓い、祇園の神を迎える準備が整いました。

先述の3基の神輿を久世稚児が先導し、人の域に迎え入れます。

祇園祭の本来のクライマックスはこの神幸祭と言えるかもしれませんね。

18日~21日 鉾建て

後祭りの鉾を3日かけて建てます。

21日~23日 後祭宵山

前祭宵山と同じく、提灯と祇園囃子で夜の京都を楽しむ。

1966年には後祭が前祭に一度は合同されたのですが、2014年から後祭が復活しました。

24日 後祭 山鉾巡行 花傘巡行 環幸祭

後祭では、9時30分より烏丸御池からスタートします。

ほぼ時を同じくして「花傘巡行」がおこなわれます。

これは、花傘をかぶった女性や武者行列、獅子舞、芸子さんや舞妓さん等の総勢1000人近い華やかな行列が八坂神社から京都市役所や四条御旅所(しじょうおたびしょ)などを巡って八坂神社に帰ってきます。

神幸祭で迎え入れた神様が還られるのが環幸祭です。

人々は沿道に提灯をつるして神輿を見送ります。

先述の後祭が前祭に合同された際に代わるものとして花傘巡行が行われるようになりました。

7月31日 疫神社夏越祭

29日には、祭りの終了を神に報告し、無事を感謝する「神事済奉告祭(しんじすみほうこくさい)」が行われます。

そして最後の神事となる「疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)」がおこなわれます。

八坂神社の境内にある疫神社の鳥居に人が通れる大きな茅(ちがや)の輪がお目見えします。

祭りの無事終了を感謝するとともに、茅の輪をくぐって「蘇民将来之子孫也」の護符を授かるという神事です。

この疫神社夏越祭をもって祇園祭がすべて終了となります。

蘇民将来(そみんしょうらい)は、一夜の宿を請うた素戔嗚尊(スサノオノミコト)をもてなした事で「蘇民将来之子孫也」と書かれた護符を持つものは疫病を免れると約束したそうです。

祇園祭の映画がある

これは私もまったく知らなかったのですが、祇園祭を題材にした映画があるそうです。

これがどうやら凄そうなんです。

応仁の乱で途絶えた祇園祭を30年振りに復興させようとするストーリーの様です。

1968年公開の映画なのですが、自主製作のために映画会社の枠にとらわれず、東映、東宝、松竹出身のスター俳優が参加している事で、当時では豪華で異色な配役だったそうです。

主演は萬屋錦之介

ヒロインは岩下志麻

キャストには田中邦衛や三船敏郎、渥美清や北大路欣也

特別出演に高倉健に美空ひばり

年代的に詳しい訳ではないですが、超のつく豪華俳優陣ですね。

ただ、残念ながら権利関係がややこしいのか現在でもソフト化の機会は得られておらず、祇園祭のシーズン限定で京都文化博物館の上映会でしか観る事が叶わないレア作品になっています。

これは私も一度は観ておきたいと思ってます。
興味がある方は是非!

さて、本日は祇園祭についてポイント解説をさせて頂きましたが、いかがでしたでしょうか?

正直、もっと軽く書こうと思っていたのですが、調べれば調べる程にどんどん新たな発見が出てきて止まらなくなってしまいました。

個人的にも京都を代表する祇園祭を知る事ができて、来年の祭りが非常に楽しみになりました。

これからも少しずつ京都の魅力を学び発信していきたいと思います。

それでは、また。

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