今回のインタビューは蔵田 翔さん。
子どもがおいてきぼりにならない社会を目指して、「コドモノミカタ」として、活動をされています。

インクルーシブ教育を実践されている方で、教育についての考え方はもちろんですが、その生き方に影響を与えた過去の話まで、面白いお話が沢山聞けました。
お子様を持たれている方は是非、ご覧になって頂きたいです。
目次
活動内容
何をしている人かというのが難しくて。笑
子ども達が提案してくれた、「コドモノミカタ」と呼んでいます。

1つ目は、大学卒業後に立ち上げたNPO法人「寺子屋共育轍-わだち-」の代表理事をしています。
「子どもがおいてきぼりにならない社会へ」を理念に、子ども達の置かれている状況に応じて、様々な活動を展開しています。
2つ目は、こどもソーシャルワークセンターでアドバイザーとして関わらせて頂きながら、「子どもをひとりぼっちにしないまちづくり」を目指して、日中や夜間の居場所づくりに携わっています。
3つ目は、東山いきいき市民活動センターで、事業コーディネーターとして関わらせて頂いていて、子ども達と地域を繋ぐ活動として、「ギルド」や「日替りサロン」といった形でコミュニティを作ったり、「まちかど新聞社」として、地域で過ごしている誰かのstoryに出会えるメディアの立ち上げに携わっています。
NPO法人「寺子屋共育轍-わだち-」について
僕たちは子どもたちが豊かに話し合える様に、ファシリテーターとして関わることが多いです。
きちんと対話をして、互いに思いを伝え合い、受け止め合っていく過程を大切にしています。
そうすると、違う意見の子と対話を重ねて合意できるプロセスや、実は我慢をしていたり、折れてくれている子が居る中で、意思決定をしている「不完全さ」も実感してもらっています。
世の中ってそうじゃないですか?
我慢している人が居る中で、取捨選択していく事になりますね。
自分の思いを伝えるだけじゃなくて、相手の思いを聞くというだけで凄いことなんですが、みんなが納得できる第三の視点を探したり、見つけられない時は、誰かの我慢の上で決断するという苦しさも知って欲しいんです。
でも、納得するまで対話をというのは凄く時間が掛かりそうですね?
ただ、寺子屋や学童って学校と違ってじっくりと時間をかけて対話をする事ができるんです。
実は長期休みを含めると、1年を通しての滞在時間は学校より長かったりします。
だからこそ、ご両親と一緒に子育てをしているという視点から状況を伝えたり、一緒に悩んだり、時には学校の三者面談に同席させてもらったりします。
とても子どもや両親に寄り添った活動ですね。
「ルールを自分達でつくる」や「対話を大切にする」という教育は何故やられているんですか?
ルールは人間が作ったものなので、もっと良いルールにアップデートするとか、時代に併せて変化させていく事を考えられる人間になって欲しいんです。
なので時間をかけています。
対話以外はどんな事をするんですか?
目的が決まってて手段を考えるタイプのものや、話し合って合意しないとゴール出来ないタイプのものも有りますし、ゼロイチで自分たちでルールから考えるタイプのゲームもあります。
その後、戦後アメリカの考え方が入ってきて、自己主張が大事とする文化が徐々に浸透してきました。
今では、「集団性を持ちつつ個性を出さなければならない」というダブルバインドな状況になっています。
では、こどもソーシャルワークセンターの活動について聞かせてもらえますか?
「こどもソーシャルワークセンター」について
今は京都で活動しているんですけど、来年度からは地元でも活動したいと思っていて。
そこで滋賀県で実際に活動されている方に学ばせて頂こうと思って関わらせてもらってます。
どの様な活動なんですか?
具体的には、夕方に一緒にご飯を食べてお風呂入って勉強見て家に送り届ける活動や、緊急避難的なシェルターの役割、通信制や不登校の子たちが日中過ごせる場所といった感じで、こちらも出会った子ども達に応じて活動が増えて行っています。
利用者はどの様な方が多いのですか?
例えば家庭に課題があって、一時保護された子が自宅に戻って経過観察に移った時に、家庭内の状況までは見えない事が多いんですよね。
それで手遅れになって問題になる事もありますね。
いっぱい遊んで、一緒に銭湯にいって、ご飯を一緒に食べて、後は寝るだけ!という状態で家に送り届けます。
そうする事で、親御さんがゆっくり過ごすことが出来るというのも、一つの魅力だったりします。
そういった活動の中で見えてきた事を福祉や学校などの関係機関と共有したり、送り届けた時に親御さんからの相談にのる事もあります。
その様な形で、発達障がい、不登校、貧困、虐待等、子ども達の状況に合わせた活動を行っていきます。
次は、東山いきいき市民活動センターについて聞かせて頂けますか?
「東山いきいき市民活動センター」について
人との出会いや繋がりが生まれたり、多様な文化や社会課題に触れるきっかけや、新たな試みが始まることを目指して、多様な企画を行っています。
フィルムカメラで街歩きをして写真を撮ったりするんですけど、フィルムカメラって枚数も限られているし、現像するまでちゃんと写ってるか分からないんですよ。
他にも、まちで過ごした思い出をピックアップする記事を書いています。
そうして色んな人の思い出がまちに沢山増えていけば、何気ない自販機でも「◯◯さんが告白された自販機」になったり、毎日の通勤の道が「あの角には夜になると占い師さんがいる所」になったりします。
そういった思い出やストーリーが街の中に見えてくるという活動です。
浸透すれば、街に愛着を持ってくれる人が増えそうですね。
楽しそうですね!
そして、普段行かない場所に足が向くきっかけになればと思っています。
他にも活動はあるのですか?
まだ仕組みを作っている段階なんですけどね。
内容を教えてください。
登録が終わればクエストに挑戦できます。
それをこなしていくとランクが上がっていき、称号も変わります。
高ランクのクエストは、地域の人が実際に困っている事を手伝ったりする内容になるので、ランクを上げることで、信頼を積み重ねていくことになります。
子どもに関わる仕事に興味を持ったきっかけ
その幼稚園では、先生が話す時とっても小さな声で話されるので、前のめりになって、皆んな耳を傾けて聞いていました。
もちろんウロウロしたり、集中していない子もいましたが、先生の声が聞こえるように、「シー」って子どもたち同士でしていました。
幼稚園位の子どもできちんと大人の話に耳を傾けれるっていいですね。
生徒は騒ぎながら走り回ったり、机の上に乗ってるし、先生は大きな声で威圧する様に机を叩いて怒っていて、正直、怖いって思っていた気がします。
そこで、中学校は母の勧めもあって、私立の学校に行くことになりました。
結構同級生からの相談も乗っていたので、このままじゃダメだと思って、先生に相談したんですが「お前らの学年はあきらめてるねん」って言われる始末でした。
その時はショックでしたね。
辛いですね。
この頃の影響は大きいと思います。
そのうち、学校に行く意味を見出せなくなって、学校にも行かなくなりました。
学校教育に絶望していたので高校にも進学する気がおきず、「大学入学資格検定」今でいう「高卒認定試験」を取るという約束で、両親に納得してもらって、学校に行かず塾やお寺など、自分の興味が向いた先々で勉強を始めました。
亭主関白気味な父親だったんで、納得してもらうまでは修羅場でしたけどね(笑)
家から行ける範囲で学べることの限界を感じていたのと、祖父母の影響で畑が好きだったので、行くことにしました。
本当に行って良かったなって実感しています。
学校に憤りを感じている話を一緒に怒りながら聞いてくれたりして、初めて大人と心が触れ合った気がしました。
早朝から畑仕事をして、ご飯を食べた後は仮眠したり、勉強したり、政治について語り合ったり、農家さんと一緒に生活していく中で、自分の事も見つめ直す事ができました。
印象に残っていることは、雨が降っている時にしみじみ「恵みの雨やなぁ」と心から感謝されていた事です。
こんな素直な心を持っていれば、あの時投げやりになる以外に選択肢があったんじゃないんだろうかと考える様になりました。

そこでは、芸能は元々神に捧げるものであったという事からお堂に舞台があり、映画や演劇だけでなく、地域と繋がるイベントやワークショップ等をされていました。
そこで地域との向き合い方を学び、自分の過去の経験から学外での教育の場に携わりたいという思いもあり、必要なスキルを身に付けようと大学に通う事にしました。
自分が学校に合わないって思った時に昔はどうやったんやろ?って考えたんですよね。
学校が整備される前はみんな寺子屋に通っていたんですよね。
通っている寺子屋が合わなければ、別の寺子屋に行ったり、尊敬できる先生の元に学びに行ったり。
そういった教育環境は海外の方が進んでいますね。
ただ、日本にはまだまだそういった環境が整えられていなくて。
そこで、昔からある寺子屋という形に可能性を感じる様になっていきました。
でも簡単に経営が回るはずもなく、月に一万円とかで生活していましたね。笑
沖縄の子育てや学童さんの事を肌感覚で知りたいという思いから、思い切って沖縄に行くことにしました。
そこで2年間学童保育に携わり、学んできた事を今の寺子屋にカスタマイズしているというのがこれまでの流れです。
人のキャリアに携わる者として大変参考になりました。
ありがとうございました。
インタビューを終えて
過去の出来事から自身で感じてきた問題に対して「変えたい」という想いが蔵田さんの原動力になっているんですね。
やりたい事をどんどん進めていく推進力がある蔵田さんですが、今は地元の滋賀で学童保育を立ち上げる準備中だそうです。
共働き家庭の方が安心して子供を預けれる場所で、
コンセプトは「生活空間の担保」
宿題や勉強だけでなく、子供達が安心して寝たり遊んだりできる空間を作ろうとされているとの事でした。
きっと今までの蔵田さんが経験してきた事を集約すれば素敵な空間ができるのだろうと思います。
一度、実際の現場も覗かせて頂きたいですね。
最後はまさかのペアルックだった画像でお別れです。

それでは、また!
